クリスマスSpecial 聖なる夜の小さな奇跡

家路についた少年の目の前で、老婆が財布を落とした。

「ちゃんとイイ子にしないとダメよ。」

「いってきます」と少年が家を出るときに、今日も母はそう声をかけた。
少年はごく自然とその財布を拾い上げて、声をかける。

……僕はちゃんとイイ子なのだ。

「おばあちゃん。お財布、落としたよ。」

少年はゆっくりとした足取りで前を歩いていた老婆に、そう声をかけた。
ネコババすることを一瞬たりとも考えず、素直に老婆に財布を返そうと思ったのは母の教えの賜物である。
声をかけられた老婆は驚きながら振り返り、満面の笑みを浮かべる。

「おや。これは、大事なお財布なんですよ。ありがとうね、坊や。」
「うん! 気を付けてね!」

心温まる出会い。
……に、水を差すような大声が響き渡った。

「はーい! とっても "イイ子" 発見でーす!」

声のした方向を驚きながら見る二人。
そこには、尻尾を着けて犬のようなコスプレをした少年。
そして、なぜかカボチャの面をつけた怪しい人物が立っていた。

カボチャの面をした不審者は財布を拾った少年に、無言で一枚の紙を手渡した。

"イイ子の証"


present01『リクルートスーツ』

これで何回目だろう。
私はやはり、就職には向いていないのか。

通算十二回目の転職失敗に肩を落とし、私はハンター協会から街の中央に向かってトボトボと歩いていた。
ハンター協会に職安整理券を依頼し続けること早十年。
協会の受付の青年とは、もはや家族以上の信頼関係が芽生えている。

今日も転職に失敗したことを報告した私に、彼はいつもの笑顔で一枚の紙を渡してくれた。

「これを持って、街の中央の大きなクリスマスツリーの下へ行ってみてください。」

紙には "Xmasプレゼント引換券" と書いてあった。
そういえば、毎年この時期になるとサンタクロースという人物がプレゼントを配ってくれていると聞いた。

「たしか、"イイ子" じゃないともらえないと聞いたような気がするが……。」
「仕事を得るために懸命に頑張り続ける……。貴方は十分、"イイ子" ですよ。」

受付の青年は私にそういってくれたのだ。
心にじんわりと、あたたかいものが広がるのを感じた。

……

「今回はご縁がなかったということで……今後のご活躍をお祈り申し上げます。」
「慎重かつ総合的に選考を重ねました結果……今後のご健闘をお祈り申し上げます。」

……

これまでの人生で祈られることはあっても、優しくされることはあまりなかった。
人の優しさに触れるのはいつぶりだろうか……。

私は引換券を握りしめて、街の中心に立つ大きなクリスマスツリーの下へとやってきた。
子どもからお年寄りまで、すでに多くの人でにぎわっている。

「あら、おじさん。それ引換券ね?」

私に気づいた一人の女性が近づいてきた。
赤い衣装に綺麗な茶色の長い髪がよく映えている。

「じゃ、引換券はもらうわ。そこのプレゼントボックスから好きなのを選んで頂戴。」
「あ……はい。」

ツリーの下には、赤や青、黄色や水色と様々な色のプレゼントボックスが並ぶ。
色だけでなく大きさも様々だ。
どれを選ぶかなかなか悩ましい。

「僕これにするー!」

走ってきた子どもが黄色い箱を持っていった。

「では、私も……。」

黄色い箱を手に取った。

いくつになってもプレゼントは中に何が入っているのか、ドキドキするなぁ。
こんなにドキドキするのは、最近では選考結果の手紙を開けるときくらいだ。

私はゆっくりとリボンをほどき、箱を開ける。


アクアス王国 盗賊のアジト ────

「いやー、、、なかなかご無沙汰ジャン★」
「そうだな。あの事件以来か。」

左之助のアジトに、三人の人物がやってきていた。
一人はアクアス王国検察庁の長官であるリチャード・ウィンザー。

「俺様を捕まえにきたってわけ??」
「そうしてもいいのだけど。今日は違うわ。貴方に協力してもらいたいことがあるの。」

もう一人は、その母親でハンター協会アクアス支部長のエリザベス・ウィンザー。
左之助の苦手な人物だった。

「協力……??」
「そうなのよ~。ちょっとサンタのジイさんのプレゼント集めに協力してほしいの。」

最後の一人は、凄まじいミニスカートのサンタ衣装を身にまとう女性だった。
左之助にとっては、会ったこともない初対面の人物。

「協力させていただきます★」

……だったが、左之助にとってはド★ストライクな美人のお姉さんだった。

「……貴方、まだちゃんと話聞いてないじゃない。」
「美人の頼みは、何でも聞く、、、それが天下の大泥棒さ★」
「母上、まあ良いではないですか。協力してくれるようですし。」

ウィンザー卿にとって、左之助が二つ返事で快諾するとは予想外だった。
どうせ左之助は抵抗すると踏んで、長男を現場に連れてきたのだ。
「拒否するならこの場で捕まえるが、協力するなら見逃す」とプレッシャーをかけるつもりだった。

「まあ、そうね。それじゃ、お願いするわ。」

無益な戦いにならずに済んで良かった、とウィンザー卿は内心ほっとする。
総長の命令で、協会各支部にはプレゼント集めのノルマが課せられていた。
左之助ならば各地から盗んできたであろうレアアイテムをたくさん持っているはず。
それをプレゼントとして世の中に還元できるなら一石二鳥だ。

「で、、、どんなモノがお好みかな??」

左之助がサンタ衣装の女性に尋ねる。
ニヤついている表情に無性に腹が立ち、ウィンザー卿は杖を使って左之助を無言で殴る。

「ガーン★ 突然の暴行!!」
「顔が腹立つわ。」
「……母上、さすがにそれは横暴かと……。」
「リチャード、これもまた必要なことよ。」

涙目で頭を抑える左之助に、女性が答えた。

「そうねぇ~、プレゼントはやっぱりキラキラしたものじゃないとねぇ~。」
「キラキラ、、、はっ! 超★おススメの代物がある、、、!」

そう言うと、左之助は奥の部屋に消えていった。
どうやらゴソゴソとタンスを漁っているらしい。

ふと、部屋の隅に置かれているものがウィンザー卿の目に入る。

「あれは……。」
「母上?」
「あった!! ほれほれ~、これ見てみ!!」

どうやら左之助は目当てのものを発掘したらしい。
サンタ衣装の女性が「どれどれ~?」と奥の部屋へ向かって歩き出す。
ウィンザー卿は左之助の姿が見えないことを素早く確認すると、さっと袋の中にソレを隠した。

「……母上、さすがにそれは横暴かと……。」
「リチャード、これもまた……必要なことよ。」

そんな親子のやりとりを知らない二人は、奥の部屋でプレゼント候補を前に盛り上がっていた。

「あら~! いいじゃないこれ! 金や銀でゴージャス!」
「ふっふっふ、、、俺様の自慢の一品サ★」


クリスマスツリー前広場 ────

箱を開けた瞬間、眩い光が目に入る。
目を細めながら光の中のプレゼントを取り出そうと、私は箱に手を入れた。

「これは……!」
「……おじさん、凄いの引いたわね。」

誰がどう見てもこれは、フンドシだ。
紫地に金銀のラメ入り。
ド派手なフンドシだった。

「これは、プレゼントNo.5『ラメ入りふんどし』ね。しかも、有名な大泥棒の使用済よ。」
「しよう……ずみっ……!!」

言葉にならない衝撃が私の頭を駆け抜ける。
そんなとき、隣からあの子どもの声が聞こえてきた。

「うわー、なんだこりゃ?」
「……これは、プレゼントNo.7『盗賊王の籠手』。……大泥棒の持っていた籠手。」

金髪の少女が子どもにそんな風に解説する。
少年が「変なのー」と籠手をぶんぶん振り回す。
私は改めて自分のプレゼントに目を落とした。
紫地に金銀のラメの入ったフンドシ(使用済)。

「履いて……みるか……。」

私はトボトボと元来た道を引き返そうとした。

「"イイ子" にはチャンスが必ずあります。」

声をかけてきたのは、あの受付係の青年だった。
青年は笑顔で一枚の紙を渡してくる。引換券だ。

「いや……でも、二枚ももらえないよ。」
「では、そのフンドシと引き換えに。長年協会を利用してくださっている "イイ子" に。どうぞ。」

心にじんわりと、あたたかいものが広がるのを感じた。
私は涙をこらえながら引換券を受け取り、茶髪の女性に渡す。

「あら、もう一枚ね。お好きなのをどうぞ。」

私は夢中で目の前の青いプレゼントボックスを開けた。
中からは……。

「プレゼントNo.72『リクルートスーツ』ね。……おじさんにはいらないかな?」
「リクルート……スーツっ……!!」

言葉にならない衝撃が私の頭を駆け抜ける。
受付の青年が笑顔で「ね、イイことあったでしょ?」と呟きながら私の右肩に手を置いた。
その右手には、ド派手なフンドシが握られている。

私はリクルートスーツを手に、笑顔で家路についた。
途中、「俺の籠手返せー!!」と叫びながら走っていく怪しげな男とすれ違ったが、さほど気にはならない。

ありがとう、サンタさん。