「いやぁ、何だかんだと長い旅になったな。」
「色々あったもんね。……そうか、お兄さんはこれでインナーフィーアを一回りしたことになるのか。」
インナーフィーアの北方で栄えるフレイム王国に、一人のハンターが帰国した。
ハンターの名はシュウ。
多くの仲間とともに、世界を危機的状況に陥れた闇の者を破った少年である。
「おっ、そうか。行きはアクアスの方から回ったもんな。」
「そこで僕と会わなきゃ、何回死んでたかわかったもんじゃないけどね。」
「いやいや、うるせぇな。……というか、お前にも殺されかけたけど?」
話を振られた少年はわざとらしく目線をそらし、にやけながら答える。
「え~? そうだっけ~??」
彼は帰国の報告を兼ね、相棒・狗神と共にハンター協会を訪れていた。
フレイム王国 ハンター協会 ────
「やあ、お帰り。ずいぶん活躍だったみたいだね。本当にご苦労様。」
「ありがとうございます。」
受付にいたのは、いつも通りアポロンさんだった。
彼はフレイム支部の副総督でありながら、事務を取り仕切る総監も兼務している。
まあ、俺に言わせれば……スーパーできる男ってとこだ。
「お兄さんって……言葉のセンスないよねぇ。」
「……だから、お前は人の心を読むなっての。」
「えへへ。それほどでも。」
「褒めてないって。」
そんな俺たちのやりとりを、微笑みながら見ていたアポロンさんの下に部下が大量の書類を持ってくる。
うわぁ……、あれ全部クエストの依頼状じゃないか?
「……はぁ。」
「それ、全部依頼状ですか?」
「え、ああ……。そろそろあの日が近づいてきてるから、依頼が増えていてね。」
「あの日? どの日?」
アポロンさんは後ろの壁に貼ってある暦を指さした。
ああ、10月31日……。
「ハロウィンのお祭りさ。この時期はいつもハロウィンに向けた依頼が増えて大変なんだよ。」
『衣裳が間に合わないよ~ 助けてぇ』
『とにかく酒が飲みたい。仕入れてきてくれよ。』
『おかし!食べたいでち。とりっくおあとりーとでち!』
またこりゃ、しょぼい依頼がわんさかと……。
アポロンさんが深い溜息をつくのも何となくわかるな。
「全部店で買えばいいんじゃないの、これ?」
こういう時に限ってこいつは、的を得たことを言いやがる。
「自分で買うのはめんどくさいのさ。」
「へー……。人間ってずぼらな生き物なんだね。」
「お前もすぐ人にやれ『あれ取って』だの、『それ買って』だの言うだろ。一緒だよ。」
「いやいや、僕は違うよ。僕は自分でやってもいいけど、仕方がないからお兄さんに活躍の場を譲ってるの。」
なんだその理論。
「まあまあ、他にもいろんな依頼もあるからさ。」
そう言って、アポロンさんは他の依頼状を見せてくれるけど……。
『儀式に必要なのですよ、はい』と、肉ばかり求めるもの。
『〆はやっぱり必要だからぁ~、お願い!』と、ラーメンやデザートを要求するもの。
『ジャック・オー・ランタンを作りたいんじゃよ……』と、かぼちゃとか工具をを欲しがるもの。
やっぱりロクな依頼がない。
「……ごめんなさい。帰国したばっかだし、やっぱクエストはいいです。」
「そんなぁ。そう言わないでくれよ、シュウ君。こっちも依頼が多すぎて困ってるんだ。」
「そう言われましても……。」
「あっ、これいいじゃん!」
そう言って狗神が見つけた依頼状には、確かに他のクエストとは明らかに違う依頼が書かれていた。
これは……人探しか?
「あー、それですか。それも結構、困っている依頼には違いないんですよね。」
「人探しですか?」
「うん。お婆ちゃんがいなくなったって依頼でね。」
どうやら依頼主のお婆ちゃんが使用人と一緒に行方をくらましたらしい。
うーん、確かにしょぼい依頼とは違うけど。
顔も知らない人を、服装やら特徴やらだけで探すのはなかなか骨が折れそうだ。
これは俺達にはちょっと難しそうだな。
「よし、これを引き受けるよ!」
おいおい。何勝手に引き受けてるんだ、こいつは!
「いやいや、人探しなんて無理だって!」
「お孫さん泣いてるかもよ! お兄さんはお孫さんが一生お婆ちゃんと会えなくていいの!?」
「そんな情に訴えられてもさぁ……」
と、ふとアポロンさんを見ると、彼は笑顔で書類を眺めていた。
『受注済み』というハンコをその手に持って。
「え?」
「ありがとう、シュウ君。助かるよ!」
何でこうなるかなぁ、俺の人生。
フレイム王国 王都ラデルフィア ────
「で、都合よく何でこっちに来てるんですか。」
「いやぁ、奇遇じゃのう。ジョダロのやつがフレイムまで仕入れに行くというので、一緒に来たのじゃが……。
御主にとっては、『物怪の幸い』というやつじゃな。」
思いがけぬ幸運が転がり込んできた。
確かにこの再会は、そうかもしれない。
俺が今話している女性は、四楓院夜一さん。
サンドランド王国の元軍人さんで、今は旧サンドランドの立て直しに奔走しているまとめ役だ。
狗神が勝手に引き受けた、人探しの依頼。
どうやってお婆ちゃんを探そうかと途方に暮れながら、王都を歩いているときに街でばったり再会してしまった。
後ろには商人だろうか、フレイムの名産品を馬車にせっせと運び入れている男性が2人。
「ちょうどよかったよね。夜一さんが来てくれてたから、雲姉さんに会えたんだし。」
「貴方達、本当に運がいいわね。探し物なら私以上に頼れる相手はいないんだから。」
夜一さんの隣にいる女性は、実は人間ではない。
【験】を司り、ありとあらゆるものを見通すことができる千里眼の持ち主。
式神・雲外鏡。通称、雲姉さんだ。
「力を貸してくれますか?」
「もちろんじゃ。儂ら砂漠の民の恩人の頼みを聞かぬわけがない。探し人の名は?」
「確か、ロウィンお婆ちゃんだったかな。」
「ロウィンじゃな。頼むぞ、雲外鏡。」
『ええ、夜一。任せてちょうだい。』
雲姉さんが白いオーラを放ち、全てを暴く秘鏡の姿へと変化していく。
『あらゆるものを映し出す力』を持つ秘鏡に、確かに老婆の姿が映った。
「これは……? どこかに捕まっているのか?」
「牢屋の中にいるみたいだね。牢の外には……魔物? 大変だ、お婆ちゃんは魔物に捕まってるの!?」
「でもこれだけではどこの牢屋かわからんのぉ。雲外鏡よ、もう少し周囲を映し出せるか?」
夜一さんの願いに応えた鏡には、牢屋の周りの風景が映し出される。
映像は牢屋の中から外へ進んでいき、階段を上がった。
まるで、その場に自分がいるみたいな感覚になっていく。
階段を上ると、宴をしている魔物たちの姿が映し出された。
「うわー、楽しんでるねぇ。」
「魔物も宴をするんじゃなぁ。」
「一体どこだ、これ。建物の外に出られますか?」
『やってみましょう。』
映像はさらに動く。
宴会場から通路を抜けると、門番が立つ検問所のような場所が映った。
そこからさらに映像が進むと、ようやく外だ。
……あれ、この風景って……。
「わかりました。ありがとうございます、雲姉さん。」
「御主、場所がわかったのか?」
「はい。ありがとうございます、夜一さん。おかげで場所がわかりました。」
「なにさなにさー。」
狗神は頬をふくらませて、わかりやすく不満を表す。
多分、俺だけがわかっているという状況が気に食わないんだな。
あの見覚えのある風景は間違いない。
フレイム王国 サンディー山脈 山頂付近 ────
山の奥に不釣り合いな検問所。
これは確かに、雲姉さんが映していた場所と一致している。
「あの中に、ロウィン婆ちゃんは捕まってるってわけね。」
「そうらしい。」
「しかし、山の映像だけでよくここが分かったね。」
「昔、おじさんに連れられてこの山を登ったことがあるんだ。昔は炭鉱だったんだけど。」
王都ラデルフィアからさらに北。
俺の生まれ育った村の近くにあるサンディー山脈には、鉱産資源がたくさん眠っていた。
8 年ほど前から採算が合わず、閉鉱していたのは知ってたけど、まさか魔物のアジトになっているとは。
「でもどうやって入るかだよなぁ。入り口はしっかり警備がいるし。」
「魔物のくせに知恵が回るもんだね。統率が取れてる。」
狗神は本気で感心しているらしい。
魔物のくせに、ってのはちょっと偏見が入っている気がするが。
まあ、魔物をかばっても仕方ないんだけどさ。
「ここは、やっぱり。」
「ん、やっぱり?」
「強行突破だな。」
うん、やっぱり。
お前ならそう言うと思ったけど。
「僕のオーラは絶対防御だよ。あんな魔物、無視して強引に押しとおろう。」
「いや、お前のオーラの凄さは知ってるけどさ。冷静に考えてみ。」
「ん。」
お、珍しく素直に俺の話を聞くつもりらしい。
せっかくなので狗神さんにちょっと先生っぽくご教授させていただきます。
「仮に検問所を突破できても、見ただろ? 中には無数の魔物たちだ。そして後ろからは追ってくる警備兵。」
「行くも地獄、帰るも地獄だね。」
「そしてお前のオーラは全力で展開すると、もって何秒だ?」
「まあ、30秒程度だね。」
「その30秒で入り口を突破して牢屋を破り、お婆ちゃんを救出して脱出できるかな?」
「無理だね。」
「ハイ、よくできました★」
おい、ちょっと待て。
誰だ。
俺の渾身のセリフを先に言ったやつは。
声がした方向に……すなわち、後ろに振り返ると奴がいた。
「いやー、奇遇だな、、、まさかお前たちとこんな山奥で再会するとは、、、サ★
『悪縁契り深し』って奴??」
本当に今日はいろんな人と再会する日だな。
今度は天下の大泥棒だ。ほんと、悪縁契り深し。